次回6月25日、午後2時から天王寺公園東口にて行います。


by nameken9

これまでに「集団的自衛権の行使」はどのように使われてきたか?

これまでに「集団的自衛権の行使」はどのように使われてきたか?

 集団的自衛権の行使を容認するということは、日本が攻撃されていなくても、自衛隊が外国へ行って戦争することができるようになるということです。

 安倍首相は、いくつかの「集団的自衛権の行使の具体例」を上げているが、どれも実際には起こりえないようなコケオドシの事例ばかりです。

 「米艦船が邦人を運んでいるときに攻撃を受けた場合、自衛隊はそれを黙って見過ごしていいのか?」など、笑い話。

 まず、どこの国であれ、軍隊の艦船が民間人を救出することなどありえない。自国の民間人救出もないだろう。その中に民間人になりすました敵の兵士がいたらどうするのか?敵か味方か民間人か?それをどうやって見分けるのか?戦争中に敵の兵隊を自分の陣地の中枢に招き入れるような軍隊は存在しない。震災で被

 災者を救出する話とは全く違う。軍事のイロハも知らないアホノミクスだ。

 日本の民間人を民間の輸送機や自衛隊が警護して運ぶというのなら、これは個別的自衛権の問題であって、集団的自衛権の問題ではない。

 安倍首相は、中東での機雷の除去もやらなあかん、援助国はアメリカだけとは限らないということも言っていて、世界中どこへでも、どこの国へでも戦争しに行けるようにしようとしています。

 ほかに「尖閣」のことを前提に「武装集団が離島を占拠した場合」などと言っていますが、これは個別的自衛権の問題であって、集団的自衛権の問題ではありません。

 安倍首相は、国民に受け入れられやすいように、ありえない架空の話をしていますが、では実際に世界で「集団的自衛権の行使」はどのように行われてきたのか?見てみましょう。

 国連が成立して以後(1945年以後)に行われた戦争で、武力行使した当事国が、国連で「国連憲章51条にもとづく集団的自衛権の行使」と主張した戦争は以下のとおりです。

1956年 ソ連によるハンガリー侵攻
1958年 アメリカによるレバノン
1958年 イギリスによるヨルダン
1965-75年 アメリカによるベトナム
1968年 ソ連によるチェコスロバキア
1979-1989年 ソ連によるアフガニスタン
1981年 アメリカによるニカラグア
1981年 リビアによるチャド
1983年、86年 フランスによるチャド
1990年 イラクによるクウェート
1993年 ロシア、カザフスタンなどによるタジキスタン
2001年 アメリカによるアフガニスタン


 これらの戦争をみると、いずれもすでに歴史的に「侵略戦争」として評価が固まっている戦争が多い。

 ある国が内戦状態におちいった時、「正統政府」からの要請として内戦に介入する場合、ほとんどの場合、「集団的自衛権の行使」という理由づけを行う。

 しかしほとんどの場合、それは侵略戦争、内政干渉である。

 ベトナム戦争は死者不明者300万人とも400万人ともいわれる。アメリカの同盟国としてオーストラリア、ニュージーランド、タイ、フイリピン、韓国も軍を派遣した。日本は米軍に出撃基地を提供したが軍は派遣しなかった。憲法9条があったからだ。

 2001年のアフガニスタンの場合は、アメリカで貿易センタービルの事件が起きた直後であり、「対テロ戦争」が叫ばれ、北大西洋条約機構(NATO)の「集団的自衛権の行使」という名目だった。

 アフガニスタンのタリバーン政権がかくまうアルカイダによって、世界が攻撃の危機にさらされているという理由である。日本も憲法9条が骨抜きになり、NATO並の「集団的自衛権の行使義務」が生じてくれば、「同盟国アメリカ」のために、アメリカとイスラム原理主義との戦争にも出撃しなければならなくなる。

 戦後アメリカは常に戦争を行ってきた国である。このほかにも、朝鮮戦争、二度のイラク戦争がある。こうした戦争にも、もし憲法9条が無かったら、日本は軍隊を派遣していたに違いない。イラク戦争では自衛隊が後方支援ということでイラクに行ったが、一応戦闘はしないという歯止めにはなった。

 集団的自衛権の行使義務が生じると、自衛隊員も命を捨てなければならなくなる。自衛隊に入ればアメリカや他の国のために命を捨てなければならなくなると、自衛隊を辞める隊員が続出することが考えられる。それでもなお戦争をしなければならない状況になれば、当然、徴兵制の導入という話になる。
そうならないために、安倍首相には辞めてもらうしかない。
                        砂山明
  

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by nameken9 | 2014-06-03 18:43 | Comments(0)