次回6月25日、午後2時から天王寺公園東口にて行います。


by nameken9

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お知らせ
「働き人のいいぶん」ブログが出来ました。行動する会働き人が、釜ヶ崎センターで毎週5時から発行している新聞を毎週そのまま載せます。また労働者の闘いや、反貧困の取り組みも紹介します。何でもかんでもなめ憲のブログに載せてきましたが、なめ憲は、憲法9条、国民投票法反対、米軍基地撤去など日本をどうするという問題を扱い、憲法25条に関する反貧困や、労働者の問題は、「働き人のいいぶん」ブログに書いていきたいとおもいます。どちらのブログもよろしくお願いします。紹介がてら「働き人のいいぶん」と行動する会働き人の成り立ちを紹介する記事を載せます。
「働き人のいいぶん」ブログのアドレスは
http://hatarakibito.at.webry.info/

2007年釜ヶ崎労働者の住民票削除を大阪市が発表
2007年、釜ヶ崎労働者にとんでもないことがおこりました。釜ヶ崎労働者は日雇いで働き、飯場などに長期滞在するため、また故郷に残した借金のため、釜ヶ崎解放会館・ふるさとの家・NPO釜ヶ崎の支援団体に住民登録していました。登録していた労働者は、2000人を超えていました。
 2006年の暮れ、福岡県警の警察官が、釜ヶ崎解放会館の住民票を不正に買い悪用したことが、マスコミに大々的に取り上げられ、それを恐れた大阪市が、コンプライアンスの名のもと、3団体に置かれていた住民票を強制削除すると発表したのです。
住民票闘争は最初の朝のセンタービラまきから始まった! 
2007年1月23日、それまで釜ヶ崎労働者の住民票を裁量で受けていた西成区役所の住民登録課が、手のひらを返し、住民票削除のため釜ヶ崎解放会館に次の日の24日に立ち入り調査に来ることを会議で知った私は、結論のでない会議で、解放会館の人間でもないのに「立ち入り調査なんかさせたらあかん。解放会館がつぶれてしまう!!」と叫んでしまいました。それから解放会館の中田君を初め、私と同じ意見の意気のいい青年達は、徹夜でビラを作り、25日の朝5時から釜ヶ崎のセンターで「ふざけるな!!西成区役所・大阪市役所わしらの住民票を勝手に消すな!解放会館の立ち入り調査に抗議して集まろう!!」というタイトルのビラをまき、必死で釜ヶ崎労働者に呼びかけました。 
釜ヶ崎労働者は、ビラを呼んで呼びかけに答えてくれました。解放会館前には、200名の労働者が集りました。その中には、3月2日に予定されていた住民票削除を弁護士の力を借りない本人訴訟を起して勝利し、3月28日まで伸ばしたKさんもいました。その日、釜の労働者たちは、西成区役所の役人を解放会館に一歩も踏み込ませず、追い返し、そして区役所に追いかけていって、区役所で住民登録課と交渉しました。そして西成区が長年釜ヶ崎労働者の住民票を受け付けていた、しかも解放会館に住民票を置くことを指導さえしていたことについて実態調査をすることを約束させました
住民票闘中、毎日書き換えられたビラが運動と労働者を結んだ
その日から釜ヶ崎労働者は住民票削除されるまで、西成区役所での座り込み、2日にわたる区役所へのデモ、大阪市役所への抗議行動、大阪市役所前で野宿して交渉する第一次野営闘争、先遣隊、第二次野営闘争そして削除まで、まさに「赤い血を流し、泥にまみれながら」必死で闘いました。
その闘いにおいて、釜の労働者に闘争を呼びかけ、報告し、運動を支えたのが、毎朝5時から行なわれた毎日書き換えられたビラの情宣でした。私は「解放会館に西成区なんか入れたらあかん!」といった責任上、解放会館の中田君と毎日この情宣を行いました。人民新聞の編集員である一之瀬君は、毎日ビラを書きました。住民票を奪い、日雇い雇用保険の更新、運転免許の更新、など働く権利を奪い、本人確認の手段を奪うことで生きる権利を奪い、選挙権まで奪うという、大阪市の棄民政策にどう対抗していっていいのか、正直解らなかった私は、「とにかく釜のおっちゃん達に状況を知らせ、考えてもらおう。運動側の呼びかけと報告はしよう」という気持ちでした。釜のおっちゃん達は、センターで、食い入るようにビラを読み、運動に参加してくれました。
「三角公園のおっちゃん達もビラをまいてくれるのを待っているよ」と言われた私と中田君は、必死の思いで三角公園の炊き出しにもビラをまきに行きました。三角公園の労働者達は「待ってました!」とばかり、闘争に参加してきました。
先遣隊は闘いの中で生まれた!
Kさんの差し止め裁判が勝利し、住民票削除が伸ばされ、第二次野営闘争が計画されました。大阪市の関市長は、釜ヶ崎の運動に肩透かしをくわせるため、海外旅行に行きました。当初予定されていた日から一週間住民票削除の日が伸ばされ、第二次野営闘争も延期しなくてはならなくなりました。その延期の報を聞いた釜の若い労働者小林君は「大阪市の予定に釜の労働者が合わせてどうするねん。明日からやる!」と宣言しました。彼の宣言に驚きながら「それならやらねばなるまい」と思ったのが、私南と釜ヶ崎で13年間炊き出しをやってきた高来さんでした。
それから1週間釜の活動家の参加なく、釜の一番根性が座ってやる気のある労働者+南+釜の労働者が大好きな青年が第二次野営の先遣隊として、大阪市役所前で、活動家が組んだ計画のほかに、リヤカー先頭の無届デモ、難波まで無届デモしてカンパ活動、土日は運動会、と昼はバンバンに闘争して夜は毎日宴会という楽しく過激な日日を送りました。第二次野営闘争が始まると、先遣隊のメンバーは行動隊と名乗り一つのグループになりました。

「働き人のいいぶん」の誕生

3月2日、2088人の労働者の住民票が削除されました。みんな心身ともに大きな痛手を受けました。高来さんは結核になって阪南病院に入院してしまいました。
毎日の情宣は必要なくなりましたが、ビラの力はすごいということで、新聞を週1で発行し続けました。
その当時は「行動隊通信」と呼んでいましたが、その名つけ親の小林君が行動隊を止め、行動隊の名前の由来になった直接行動隊の坂口君が行動隊から去った時点で、新聞の名を「働き人のいいぶん」とし、行動隊を行動する会働き人に変え今に至っています。
名前は変えたものの、グループの中心になっていた人たちが抜け、南は落ち込みました。しかし働き人つまり労働者、特に実際に現場で働いている労働者(この労働者たちは、非正規とか日雇いとか、派遣とか言われている)の言い分を載せる新聞が日本に少ない以上、「週一回は発行していこう」とがんばりました。それを支えてくれたのは、連載投稿として4ページのうち1ページ受け持ってくれた釜ヶ崎詩人の橘さんと記事を新聞に組んでくれた人民新聞の一之瀬君でした。橘さんとは月1回なめるな国民を!守ろう憲法!憲法を守る意思表示の会でリヤカーの街宣車をひいて天王寺に行き、憲法を守る活動を続けました
選挙おしかけで南復活!そして仲間たちが戻ってきた!
2009年の衆議院選で、投票場へのおしかけ行動に釜の労働者が勝利したことをきっかけに、南も元気になりました。定額給付金の締め切りに向けて、ふるさとの家のまあこさんや釜ヶ崎医療連絡会議の松尾さんと活動しました。
10月23日の、Kさんと宮副さんの「貧困であるが故に住居に住めず、そのために行政が住民票を奪い、選挙権を奪うのは憲法違反」とした裁判の判決公判がありました。南は、この闘争をがんばった人すべてにこの裁判の傍聴を呼びかけました。当時結核病院から西成の藤田記念病院に転任していた高来さんも、それまでの不義理をしていたことの謝罪も含めて、誘いに行きました。高来さんは、快く受けてくれ、「裁判所の権威何するものぞ」という感じでパジャマ姿で傍聴しました。
それから日をおかず、11月初めに、高来さんはシャバに戻ってきて私達の事務所に現れました。そして、なぜか第二次野営にがんばっていた鳶の西村さんとも再会しました。また第二次野営が忘れられない田島さんは、釜ヶ崎パトロールの会で中心メンバーになっていました。一之瀬君は韓国に言って韓国の労働組合の闘いを見て第二次野営を思い出しました。そして12月16日の「釜をなめるな!起ち上がった原告を励ます全国集会」に参加した若者秋山君が正月に登場しました。行動する会働き人の活動を実質再出発する機は熟しました。

行動する会働き人再出発、行くぞ!とおもったら三角公園が危ない!

2010年1月18日に行動する会働き人の第一回会議を持ちました。「さあやるぞ!1吉岡君を職場に返す運動を通じて釜の労働者と派遣労働者の連帯を作る2普天間基地廃止運動を通じて労働者が日本の行く末を考える姿勢を作る」と思っていたら1月23日の朝日新聞の夕刊に「釜ヶ崎の三角公園・四角公園・はなぞの公園の野宿労働者のテントを大阪市が撤去する予定」という記事が載りました。
平松大阪市長に宣戦布告!!
再開したばかりの行動する会働き人に早速の試練が待ち構えていました。しかもその試練は、釜ヶ崎労働者と釜ヶ崎を愛するすべての人の第二のふるさと三角公園と釜ヶ崎のセンターに大阪市が手をつけるという暴挙です。そしてそれは釜ヶ崎をなくしてしまうたくらみでもあります。私達行動する会働き人は、釜では新参で小さい組織ですが、命を張って闘うことにしました。西村さんが「平松を倒すか、このままやられるか、2つに一つ」というスローガンを考え、1月25日釜ヶ崎センターで平松市長人形を投げつけ、26日三角公園でやくざやポリ公の妨害にめげず、大阪市・平松市長に宣戦布告しました。
これから色々なことが、私達行動する会に働き人に待ち受けていることでしょう。その事をこのブログで「働き人のいいぶん」を中心に報告したいと思います。

2010年1月27日      行動する会働き人 代表南 美穂子

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by nameken9 | 2010-01-29 04:00 | Comments(0)
抗議声明
釜ヶ崎三角公園・四角公園・花園公園のテント撤去を進め、センターまで手をつけようとする、とことん調子のりの平松大阪市長に腹の底からの怒りでもって断固抗議する!釜ヶ崎労働者をなめるなよ!!
 23日の朝日新聞夕刊によると、大阪市は約100人がテントを張って住んでいる三角公園・四角公園・花園公園のテントを撤去するという。そして撤去後は、今閉鎖している北公園に退職したポリ公の詰め所を作り、公園でアオカンできないように休日・夜間巡回させるという。
 また釜ヶ崎センターの老朽化を口実にセンターを骨抜きにする議論を始めるいう。
三角公園と釜ヶ崎のセンターは、釜の労働者が、その闘いによって自分達のものにした、釜ヶ崎労働者の第二のふるさとだ。そのふるさとに権力でもって介入し、テントを撤去し、アオカン労働者を取り締まり、腐れ退職ポリ公どもの給料の稼ぎ場にするというのだ。釜ヶ崎の存続に関わる絶対認められない発表だ。平松市長・大阪市はどこまでふざけているのか!!
 平松・大阪市は屋台を撤去できたから、とことん調子にのって、こんな実現不可能な釜ヶ崎労働者と釜ヶ崎を愛する全国の人民を敵に回すような発表をした。
屋台経営者と釜の労働者をいっしょにするな!!ビルや橋や道路を作り日本を支えてきた釜の労働者が黙って従うと思っているのか!!釜の労働者の魂のよりどころセンターと三角公園に手をつけるというのなら我々はとことん闘う!何度でもわかるまで言う!!平松・大阪市は釜ヶ崎労働者をなめるな!!
2010年1月25日 
行動する会働き人・日本人民委員会
 

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by nameken9 | 2010-01-24 01:28 | Comments(0)

釜ヶ崎住民票裁判を支援する会発足

1月20日、住民票裁判の原告を支えていこうという人達が、原告宮副さんを迎えてふるさとの家に集まった。
住民票裁判は現在2つの国賠が闘われている。一つは、選挙人名簿と住民票が連動しているために、貧乏で一定の住所がもてないため、住民票を失った人は、選挙権まで失う。これは憲法で定められた基本的人権や普通選挙の権利に違反すると、真正面から憲法の問題として大阪市や国の仕打ちを問うもの。
もう一つは、大阪市が4月8日の統一地方選挙で、釜ヶ崎内に住んでいることを証明すれば、.萩之茶屋小学校の投票場で住民票を復活して選挙権も復活する。また投票時間ぎりぎりなら住民票を復活しないでも、投票させると裁判所に約束しながらも、解放会館の近くのドヤに住んでいたことをきちんと証明するものを持っていった原告に、住民票復活を強制し挙句の果ては選挙させなかった大阪市選挙管理委員会のあり方を問う裁判だ。
この裁判を支援するために十数名が参加した。決めたことは1、支援する会は実際に仕事をする会。自分の得意分野たとえばビラがかける、ビラをまける、傍聴にはいける、原告の生活の相談や話し相手になれる。などをいかし原告の支えになろう。2会の運営は会費でまかない、集会などで集めたカンパは、裁判のために使う。3原告の意に沿って活動しようなどのことを決めた。次回は2月24日。孤軍奮闘してきた住民票裁判の原告を支え、裁判のことを釜のみんなに知らせ、釜のみんなや憲法に関心ある全ての人が協力してくれるようがんばろう!    
         報告行動する会働き人 南美穂子

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by nameken9 | 2010-01-22 05:39 | Comments(0)
私たちは、西成公園よろず相談所の伊東さんへの、 不当な逮捕に抗議します!
反弾圧1・12救援会
2010年1月18日

 
1月12日、西成公園よろず相談所の伊東さんが、「威力業務妨害」の容疑で現行
犯逮捕されました。靱・大阪城公園や長居公園での強制排除以降、大阪市内の各公園では、野宿生活を続けている労働者がテントを新しく張って生活を続けるのが、非常に困難な状況にあります。こういった状況の中、伊東さんは、西成公園のテントに野宿の労働者を受け入れながら、そういった労働者の尊厳と生命を守
る取り組みを日常的に続けていたのです。今回、伊東さんは、西成公園で、新しく生活を始めた労働者Kさんのテントを、公園事務所の職員が当人の許可なくビデオ撮影をした事に対し、抗議を示しただけで、逮捕されたのですが、まさに正当な抗議行動に対する弾圧と言わざるを得ません

野宿者を取り巻く最近の状況 
釜ヶ崎では、昨年に入ってから、日雇仕事が殆どないという背景の下、アパートで生活保護を受ける事が出来る野宿者が急増しています。しかし、その一方で、体が元気な内は、例え野宿生活を続けながらでも、自分で働いて稼いだお金で、生活を続けている労働者も、多く見受けられます。今回、西成公園で、新しくテント生活を始めた労働者Kさんも、まさにそういった労働者の1人でした。大阪市では、2000年末より、市内3ヶ所に「自立支援センター」が設置され、野宿者の就労自立を目的とした事業が展開されて来ました。今年で10年目を迎えるこの事業ですが、就労自立という当初の目的を殆ど達していない現状を考えると、事業的には殆ど、破綻していると言わざるを得ません。

不当弾圧を許さず、私たちが生き抜くためのたたかいを!
 こういった「自立支援センター」の現状がありながら、一方では、公園での新規テントの建設はあくまでも認めず、このような大阪市の動きに少しでも抗う者に対しては、今回、逮捕された伊東さんのように、本当に些細な事でも、警察権力を使って弾圧して行こうとする、大阪市の姿勢を、私たちは到底、許す事は出来ません。私たちの反弾圧への闘いへのご支援・ご注目を心より訴えたいと思います。「100年に1度」と言われる世界的な大不況の中、この日本においても、全国的に失業状態が蔓延し、閉塞感が日に日に強まるだけでしかない社会状況が続いていますが、こういった状況が少しでも改善して行くための取り組みを、これからも共にたたかって行きましょう!

【皆さんへのお願い】
①この抗議アピールへの賛同を募ります(連絡先は下記を参照下さい)
②弁護士費用や差し入れ費用等、何かと必要になります。たいへん恐縮ですが、
みなさまのご支援におすがりするほかない状況です。カンパへのご協力をどうか
よろしくお願いします(振り込み先は、下記を参照下さい)
③このアピールを多くの人に広めてください。

◆反弾圧1・12救援会◆
大阪市西成区太子2-1-2 釜ヶ崎医療連絡会議気付
TEL∕FAX:06-6647-8278
メール:iryouren(at)air.ocn.ne.jp
郵便振替口座 00940-5-79726
(加入者名:釜ヶ崎医療連絡会議)
通信欄に「1・12弾圧救援」と明記して下さい。

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by nameken9 | 2010-01-22 05:21 | Comments(0)
憲法25条はどこへ行った!?
西成区の福祉事務所、釜ヶ崎労働者と釜ヶ崎労働者を愛する支援団体を西成署のポリ公を使って門前払い!
こんなことで負けるか!なめ憲ブログに掲載そして市役所へ!
 
1月13日、この冬一番寒い日に、西成区役所福祉事務所に申し入れに行った。参加したのは、釜の労働者とふるさとの家、釜ヶ崎医療連絡会議、行動する会働き人、釜ヶ崎勝ち取る会などの釜ヶ崎を愛する支援団体、そして浅川さんの友人達である。申し入れ事項は、①浅川さんが夜逃げして、日本人民委員会の事務所に居候しながら、ふるさとの家の力を借りて探してきたアパートを、役所の最終日の3時ごろ、ケースワーカー中山とその上司が「風呂がない」というだけの理由で認めず、「それならどうせえっちゅうねん」と必死で聞く浅川さんの友人南と浅川さん本人に「もとの部屋に帰れ」と言った信じられない事実について区長であり福祉事務所の責任者の林田は、知れ。②ヤミ金の危険がせまる部屋に戻らせようとしたケースワーカー中山とその上司を処分しろ!③福祉事務所の責任者林田は「日本国民は健康で文化的な最低限度の生活を送ることができる」という憲法25条を現場で実践する福祉事務所として貧困ビジネスやヤミ金をどのようになくしていくのか作文を書け、④中山が知ったかぶりして、浅川さんにヤミ金の借金解決のために行けと紹介した法テラスは何の役にも立たず。西成署は出資法で個人でも109.5%以上の金利なら逮捕できるにもかかわらず、うそをついて捜査しなかった。それを解決してくれたのが「いちょうの会」だ。せめていちょうの会のパンフレットを窓口に置け。という全部当たり前の申し入れだった。
 ところが、西成区役所に行ってみると、住民票の時のように職員が入口をガードして入れない。そして「3人だけ7階に上がって「市民の声」の窓口で話しなさい。」と年収1000万円の尾崎課長以下福祉事務所の人間がはねつけた。ふるさとの家の本田神父が毅然として交渉しても、釜ヶ崎医療連絡会議の大谷さんがぶち切れてどなっても、福祉事務所の態度はかわらなかった。
ふざけんなとばかり、行動する会働き人の南は、もって行った「へなちょこケースワーカー人形〈等身大〉」を地面にたたきつけ、「西成区のケースワーカーは夜逃げの意味も知らないのか!税金泥棒!」「それとも西成区のケースワーカーはヤミ金の回しものか!なんぼもうとんねん!」「釜ヶ崎労働者や生活保護受給者をバカにするな!」「もとの部屋に帰って浅川さんになにかあったらどうするつもりだったのか!」と抗議しまくったが、福祉事務所の職員どもは、自分の公務員としての生活を守るのに必死で聞こうともしなかった。「それなら直接行くわ」と三階の福祉事務所に行こうとすると、浅川さんと釜ヶ崎医療連の松尾さんにうそをついてヤミ金の被害届を受け取らなかった西成署の私服警官が、南が階段を使おうとすると立ちふさがり、エレベーターに乗って3階のボタンを押すと暴力でもって南をエレベーターから放り投げ、しりもちをつかせた。西成区と西成署一体となって釜ヶ崎労働者と釜ヶ崎を愛する支援団体を暴力と手練手管で門前払いしたわけだ。
 しかし彼らが守ったのは西成区役所という狭い範囲だけ。抗議行動の行く道で、西成区民に西成区役所がいかに冷酷か、結果としてヤミ金・貧困ビジネスの手先となっているかうったえることができたし、西成署がうそをついて浅川さんのヤミ金被害の被害届を受けなかったのは、ヤミ金からお金をもらっているからと違うかという疑問も投げかけることができた。さらになめ憲ブログ(なめ憲ででます!)で全国の憲法25条を大切に思っている人に西成区福祉事務所と西成署がヤミ金・貧困ビジネスを許す温床人っていることも詳しく報告できた。さらにこの行動で怒ったカトリック教会の大立者本田神父は「市役所にいきましょう」と言っている。話は大きくなるばかりや。西成区と西成署が一体となってヤミ金・貧困ビジネスを栄えさせていることは広がるばっかりや!ざまあみろ!       (報告  南)

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by nameken9 | 2010-01-20 06:16 | Comments(0)
へこたれない若い労働者に釜ヶ崎労働者も連帯しよう!!
パナソニックは吉岡さんを職場に返さんかい!



パナソニックPDP事件最高裁判決を検証し職場復帰を勝ち取る集い報告「働き人のいいぶん」1月19日号に掲載
 

吉岡力さんは、2004年パナソニック〈当時松下電工〉の工場でプラズマディスプレイパネルにガスを入れる仕事をしていた。釜のセンターから行く仕事でも良くあることだが、吉岡さんは、パナソニックの従業員の班長とそれを補佐する現場リーダーの指揮の下、パナソニックの従業員達や他の会社から派遣されてきた労働者達とともに働いていた。給料はパスコという会社から時給1350円もらっていた。2ケ月更新の契約で。現場では松下精神を労働者におしつける合言葉もしかたなく言っていた。労働者派遣法では、現場で派遣先(要するに労働者が働くところ)の指揮〈この場合パナソニックの班長の指揮〉にしたがって働く場合は、派遣労働者であり、一定の期間働けば派遣先〈この場合パナソニック〉が直接雇用の申し込みを吉岡さんにしなければならなかった。当然だ。同じ仕事をしていて、パナソニックの従業員(あえて労働者とはいいません)と吉岡さんでは、賃金も労働条件も違う。こんなことおかしいからだ。
 吉岡さんは、この仕事が好きだった。パナソニックも吉岡さんを気に入って、もっと働いてほしいと「他の派遣会社から来てくれ」と言った。吉岡さんもその気でいたが何と自給1000円になる。これは黙ってられないと派遣法に基づいてパナソニックに「直接雇え!」と申し入れた。その時正当な要求にパナソニックは吉岡さんを直接雇用した。しかし超ずるい。6ケ月の期限付き、要するに出稼ぎ労働者などを使う期間労働者として雇った。そして、吉岡さんが勝ち取った成果を他の派遣労働者に広げないために吉岡さんをテントの中で一人でスプーンで何かを削るという正に懲罰的な仕事をさせた。そして1月31日にパナソニックから放り出された。吉岡さんはもう切れた。そして「1、こんな人権侵害のいやがらせの配置転換は認められない。無効。2、俺はパナソニックの労働者や。こんな短い期間で放り出すのは解雇権の濫用やろもとの職場に戻せという確認3、不当解雇なんだからこの間の賃金をちゃんと払え4、刑務所でもやらせない懲罰的な作業はさせないと約束しろ。という確認。4、パナソニックが起ち上がった労働者をいじめるのは法律違反やろ!」と訴えた。大阪高裁の裁判官は、この当然の吉岡さんの訴えをほとんど認めた。


しかし去年の暮れ信じられないことが、最高裁判所でおこった。最高裁がこの判決を覆し、パナソニックの吉岡さんに対するあまりもの仕打ちに対する賠償だけをみとめて、吉岡さんが一番願っていた職場復帰を「首にしたのはおかしいが職場に帰ったらあかん」というわけの解らん判決を下して阻んだのだ。「パナソニックからナンボもらったの?」という判決だった。
また派遣労働者なのに直接雇用申し込みをしない偽装請負を派遣だと言い切った、日本中の手配師を喜ばす判決だった。アホたれ裁判長はよっぽど悪いことをしていない限り、めちゃめちゃな会社でも人入れ稼業をしてかまわないとも言っている日本中の釜ヶ崎化に最高裁がOK出したというわけだ。ふざけんな!!
 
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労働者派遣法と職業安定法を使い分け人入れ家業を裁判所が容認と批判する弁護士
集会では裁判の報告のほかに、吉岡さんに続けと全国で偽装請負を告発し、直接雇用をもうしこんだ若い労働者が自分達の闘争を報告した。業務偽装をし労働者を雇い主という権力でイジめ労働者が異議申し立てをするのを抑えつけたエネゲートに勝利和解した吉岡誠一さん。

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直接雇用を求めて勝ち取ったのに有期契約はおかしいと9月から12月の間8回も労働局に押しかけ、結局リーマンショックで派遣切りされたヤンマーの違法派遣裁判原告佐々木真一郎さん。

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アーティストとして面白く、また消えた年金の整理のため近鉄ケーブルネットワーク・マンパワージャパンから労働者を派遣させている民主党政権に物申す形で反撃している西尾仁秀さん、研修期間中の不当解雇に対し一つ一つ真剣に考えながら裁判所への署名や会社への抗議はがきなど地道に活動している日本基礎技術とたたかう本田福蔵君。みんなへこたれないきれいな強い目をしたかっこいい労働者。そしてみんなアピールの最後、「派遣法撤廃!」と結んだ。久しぶりに爽やかな感動を味わった。



最後に吉岡君が登場した。吉岡君は1月1日にパナソニックプラズマディプレイの社長の家にピンポン挨拶攻撃する超面白い人で、内部告発の自由を認める国際的な動きに呼応するといっていた。明るい!やはり若者の労働者の一番前に立つ人だ。絶対応援する。

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 釜ヶ崎で住民票問題がおき労働者が必死で闘っている時、偽装請負に対しつまり全国の釜ヶ崎化に対し若い労働者が闘っていた。絶対連帯できる。釜ヶ崎からも連帯しよう。2月1日にデモがある。また呼びかけます。
吉岡君の応援歌作りました。
同志社大学応援歌替え歌で

吉岡力応援歌
ふみつけられて こきつかわれて 労働者は使い捨て
そのとき起った吉岡力 俺達こそ労働者
高らかに叫ぼう!派遣法撤廃!
いざ起て友よ!勝利は待てり!職場に帰ってやるぞ
!!

行動する会働き人・登録派遣ヘルパー 南 美穂子

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by nameken9 | 2010-01-17 13:01 | Comments(0)
貧困ビジネスのヤミ金にケツの毛まで抜かれ、それじゃいけないと起ち上がった浅川さんを、年末の寒空、谷底に突き落とそうとした西成区のケースワーカーとその事実を隠そうとする西成区の福祉事務所を絶対に許さない!②申し入れ当日 
ふるさとの家にリヤカーを持っていくまで

1月13日、申し入れ当日朝、ものすごく寒い。7時から高来さんと打ち合わせ、2時半までにふるさとの家の前にリヤカーの街宣車とビラ、ハンドマイクを用意することを決めた。事務所に帰って、事実経過の付け足しと申し入れと付け足しをメールで流した。そして仕事へ。訪問ヘルパーだが、今日は朝から5軒回らなければならない。87歳の元浪曲士、NPO釜ヶ崎に紹介されて生活保護をとった元やんちゃな釜の労働者、熱心な創価学会信者で世話好きな元ヘルパーの下町のおばちゃん、もと天王子カラオケのママ、そしてなめ憲のメンバーでもあり長崎で被爆した元釜ヶ崎原爆被爆者の会の林さんである。しかも林さんは南が会社に紹介し今日が初訪問だった。もと天王寺カラオケのママと林さんは、話をして申し入れ行動が終ってからにしてもらった。なんとか2時半までにふるさとの家にリヤカーを持っていった。
 ふるさとの家前で、西成署のうそつき!西成公園の伊東さんを返せ!怒鳴りながら準備
前の日の12日、西成公園のよろず相談所の伊東さんが、西成公園にテントを張って野宿している人を大阪市の公園事務所の攻撃から守ろうとして、大阪府警西成署に不当逮捕された。威力業務妨害だという。在特会には超優しい日本の警察は、野宿を余儀なくされている人を守る人には超積極的に不当逮捕する。許せない。リヤカーにつけるダンボールに絶対書いてやる!「西成警察署のうそつき!個人でも金利109,5%ならヤミ金。伊東さんを帰せ!」と書きながら50m先の西成署に同じ言葉を怒鳴った。もう一枚のダンボールには「西成福祉事務所の林田はあやまって中山を処分しろ!」そしてなめ憲の時からつけていたダンボールには「憲法25条はどこへ行った!夜逃げした人に元の家に帰れといったケースワーカー中山はやめろ!」「戦争より生きさせろ!思いやり予算を雇用対策にまわせ!」と書いてある。これをつけていたら3時になった。
浅川さんを応援した団体がふるさとの家前でアピール
準備が終って、夜逃げして借金生活に終止符をうつために起ち上がった浅川さんを、起ち上がるかどうか迷っていた時から支援した団体がアピールした。
まず釜ヶ崎夜逃げ本舗にエースの松尾さんを投入してくれた釜ヶ崎医療連の大谷さん「今釜ヶ崎では仕事がない。本当は仕事を出すべきだが、行政は生活保護を受けさせる。その生活保護費が、ヤミ金がらみの貧困ビジネスに流れていることを役所はどう考えているのか!一つ一つの対応についてもチェックしていかなければならない」次はふるさとに家の森安さん毎日ふるさとの家の相談室で粘り強く相談を受けている人だ。初め淺川さんが夜逃げするかどうか迷っている時相談にのってくれ、「花園マンションから遠い部屋がいい」と言われたとき緊急なのに千本に部屋を探してくれた。中山はこの部屋を「風呂がない」とけったのだ。「生活保護の受給者をねらうヤミ金や貧困ビジネスは許せない。みんなで連携していこう」と挨拶した。人民委員会からはインバ。仕方がない私は昨日まで人民委員会南と名乗ってきたので。
そして最後にこの間通院する身でありながら「死にたい」という浅川さんを南や支援団体に紹介し、友人としてやくざにねらわれながら、浅川さんをガードし、影で浅川さんに服や米をあげ、入れ歯やかばんがどこに行ったかわからないくらいがんばった高来さんにアピールしてもらおうと思った。しかし手を振ってやらない。それでも男の中の男か、普段はぺらぺらエッチなことを言って南を困らせているくせに。その手は何だ。宴会で芸を断わるのとわけが違うぞ。しかし言わない。
しかたなしに南がこれまでの経過を話し「要するに税金で飯を食い、権限を持ち、一番助けられる条件を持っていながら、また憲法25条を守る義務を持っていながら、ヤミ金の悪の手から夜逃げした人が色んな支援団体の手を借り探してきた部屋を「風呂がない」と却下し、「もとの部屋へ帰れ」と言ったんです!このケースワーカーは、夜逃げの意味を知らないよっぽど無能な税金泥棒か、そうでなければヤミ金の回し者や!辞めさせて当然!」とアピールすると「ようわかった」「がんばれ!」の声がとんだ。リヤカーと申し入れに参加するメンバーは区役所にむかった。

区役所に行く道で悪魔のようなケースワーカー中山とその上司のことを紹介
花園町のいずみや前を通って26号線沿いに区役所に向かった。リヤカーを先頭にした無届デモだ。西成区民にも西成福祉事務所で、28日の役所の最終日に起こった信じられない出来事を紹介した。「みなさん!夜逃げの意味を知ってますか。夜逃げるのです。誰から?ヤミ金から。なぜ暗いのに夜逃げるの?ヤミ金の暴力が恐いから。区役所の中山というケースワーカーは夜逃げした浅川さんにヤミ金の暴力や甘く汚い手口が待つもとの部屋に帰れといいました。それも暮れの役所が閉まっている期間。もし浅川さんになにかあったらどうするつもりだったのか!」とアピールすると、交差点で信号待ちをする人や、未知を行く人、途中のコンビ二ではバイトの人が全員入り口のところに出てきて聞いていた。西成区は全国でも一番生活保護受給者が多い。絶対一回はケースワーカーにえらそうに言われたことがあるはずだ。西成区役所が中山を処分しないならとんでもないことになるで。

いつまでたってもバカ丸出しの西成区役所に遠慮は要らない。あばれまわる南

 区役所に着くまで、まだまだ甘チャンの南は1%くらいの確立で林田が対応するかと思った。しかしやはり違った。行ってみると待ち合わせの区役所の庭には、職員が並んで入口をガードしていた。私たちを中に入れないために。西成区民は、ひとたび区役所に抗議を決意した瞬間に中に入れてもらえなくなる。しかもそれは南のようなごろつきおばさんだけじゃない。日本のカトリックの大御所の本田神父でさえそうである。日本は公務員に何か言ったらいけないのか?軍国主義国家か!?
入口をガードする職員の前に、福祉事務所の尾崎課長が立っていた。「林田さんと話したいのですが」というと「役所のルールが」とか何とか言い出した。何が役所のルールだ。西成区役所の常識は世間の非常識じゃないか。話にならない。南は勝手にこの時点で交渉決裂した。どうして真摯に区民と向き合わないのか?どうして釜の労働者が抗議に来たらごろつき扱いするのか!?あばれてやる。どんなにみんなが怒っているかわからせてやる。
南。へなちょこケースワーカー人形を地面にたたきつけ抗議する
南はこの日、へなちょこ在特会人形の胸に「へなちょこケースワーカー」の札をぶら下げて持ってきた。そしてなぜか米兵人形も持ってきた。このへなちょこケースワーカー人形を偽善者尾崎(なぜ偽善者かというと美人な顔してケースワーカーとしても人気があり、(但しこの人を圧倒的に支持していた釜のおっさんは人にすぐ暴力をふるうのでみんなに嫌われていたけど、)課長に這い上がったら、生活保護受給者を暮れの寒空に谷底に突き落としたケースワーカーを、西成区役所のメンツと自分の年収1000万円〈完全に税金泥棒〉を守るために、かばうから)の鼻先で、地面にたたきつけ「貧困ビジネスの手先の中山早やめんかい」「夜逃げの意味も知らない税金泥棒はやめんかい」「釜の労働者を馬鹿にするな!犯罪者じゃないぞ!」「貧困ビジネスとりしまらんかい。窓口受給の日にはうじゃうじゃやくざがおっちゃん達をひっぱてきて封筒とりあげとるやないか!」「浅川さんの気持ちになったことがるのか!!」「中山!林田出手てこんかい!!」「中山!浅川さんに「なぜ南から私をまもらなかったの」と言ったそうやな。どこまで思いあがっとんねん!!」「私と高来さんは一銭のお金ももらわないで浅川さんを守った。おまえら生活保護の受給者のおかげで給料もろてんのとちがうのか!ちゃんと働かんかい!」「西成の人間をバカにするな!えらそうに言うな!」ナンボでも言うことがある。へなちょこケースワーカーはたたきつけられすぎて、もうぼろぼろや。

偽善者尾崎、本田神父に「市民の声の窓口で訴えろ」いったい何様のつもりか!

南があばれまわっている横で本田神父が区長の林田と話せるように交渉した。すると尾崎は「7階に3人だけ入れ」という。私はあの時ボス交要求かと思ったが、ちがう。7階に市民の声という窓口があり、買い物帰りのおばさんでも気軽によって、西成区役所の窓口対応や公園の水が出ないなど大阪市にクレームを言うところだ。馬鹿にするのもいい加減にしろ!。南は先週のうちに福祉事務所の責任者を野村という職員から「林田」と聞き、林田宛に書留で今までの経過と申し入れ事項、申し入れの日時を知らせている。「公園の水が出ない」レベルのクレームといっしょにしてどうするのか?それとも釜ヶ崎からの抗議の申し入れは「公園の水が出ない」程度に低く見ているのか。あの時そのことが解らなかった医療連の大谷さんは「3人じゃなくみんな入れろ!?」とブチ切れていた。お前達は、大谷さんをかげで笑っていたのか!!
 偽善者尾崎は、自分の年収1000万円の生活をまもるため、自分もがんばっているところを見せようとその市民の声の担当者を私たちの前によんでくるという。ふざけんな!私達は林田に会いに来たのだ。今回の問題は憲法25条に触れる問題だ。何回も言うが「公園の水が出ない」レベルのクレームといっしょにされてたまるか!?それとも西成区区役所の福祉事務所にとっては憲法25条は「公園の水が出ない」程度に軽視されているのか!?

典型的なゴマすり能無し係長張り切って警察を呼ぶが、警察は出てこない

この抗議中、偽善者尾崎をはじめ職員はマニュアルどおりだまっていた。しかし一人だけそのマニュアルがわかっていない奴がいた。係長だ。そいつは張り切って言質をとられるような発言を連発していた。「南は嘘つき。医療連の松尾さんと中山はうまく言っていた。南が騒ぐからややこしくなった。」という超へたくそな離反行為だ。お前は知らないのか!28日松尾さんが役所に来た時、南と打ち合わせして風呂のある「釜ヶ崎の部屋で決めよう」と話し合って相談室に入ったことを。また中山の言うとおり、法テラスや警察に言って無駄足になり、いちょうの会ですべて解決した時、いちばん怒っていたのは松尾さんだということを。釜ヶ崎医療連をなめるんじゃない!!
こいつは「うそというなら中山呼んでこいや!」と南が迫ると、「警察を呼ぶ」という。呼んだらいいやん。西成署に私も話が3つある。一つは西成署がうそをついたこと。個人でも109%以上の高金利で金貸しをすればヤミ金なのに業でないと捜査しないと言った。出資法違反のことを隠していた。もう一つはなんで西成公園の伊東さんをパクったのか」「ついでに大阪府警のパトカーに覚せい剤があったのはなぜなのか」西成区役所の前のみんなに聞こえるような大声で聞いてみたいから。「はよ警察よべや!よばんかい!」と言って小突いてやった。威力業務妨害のでっち上げの対象や!それでも係り長の最後の切り札であるはずの西成署は、出てこない!係長!なにはりきっとんや!あんたががんばればがんばるほど、アホがばれ恥をかくだけや!


西成署は区役所の中にいた!。エレベーターと階段の間で南とポリ公の追いかけっこ。ポリ公の暴力で南はエレベーターから弾き飛ばされる

こんなアホの係長を相手にしていたら時間がもったいない。中に入ったろうと思って開いてる入口からスッと入り、三階に上がろうとした。そうしたら巨体のごろつきが、必死になって襲い掛かってくる。西成署だ!こいつらはますますずるがしこくなった。外で南に警察の悪行の数々を言われたくないので、中山のいる三階に上がらないように階段とエレベーターを守っていたのだ。
南が突っ切ろうとして階段に向かおうすると階段をとおせんぼする。仕方ないのでエレベーターのところに行くと「7階はいいけど3階はだめ」と必死になって言ってくる。面白いのが、区役所は営業中、エレベーターが降りてきて戸が開く、隙を見て南がエレベーターに乗って3階を押してやった。ポリ公どもは、必死で南に襲い掛かり南をエレベーターから跳ね飛ばした。偽善者の尾崎は「来訪者にケガがないように」と言っている。偽善者に聞く!「その普通の来訪者が、ひとたび福祉事務所に抗議するや、警察を使って投げ飛ばす。それがあなたが来訪者を守る+ということなのか?!」
 もうあきた。ポリ公どもとのおにごっこ。と思っていたら本田神父が「市役所に行きましょう。」と言った。予定通りだ。今このブログで全国の憲法25条を大切に思っている人にいいつけているのも予定通りだ。

ふるさとの家への帰り道で

 区役所から歩いて帰った。前の日、三角公園で亡くなりそうになったおっちゃんの救急搬送をめぐってもめた上村君と話しながら帰った。上村君が2週間も「ご飯を食べて」というのに食べず、三角公園で尊厳死でもしようと思っていたおっちゃんがいた。高来さんは南が忙しいことを知っているのに、南にもそのおっちゃんのことを取り組ませようとして「女の人が死にかかっている」「同じ女同士助け菜あかん」とうそをついて、おっちゃんのところに行かせた。横槍をいれ、その上に、やってきた救急隊に「おかゆ食べてから」と待たせ、救急隊が「タクシー代わりじゃない」と帰ろうとしたら」切れて「お前ら杏林病院に接待ばかり受け取るやろ!」とどなり、上村君が呼んだ救急隊を怒らせた南に上村君お怒りは爆発!「自分の思いだけでやるな!」と南の胸倉をつかんで振り回した。南はうそをついてまで南をおっちゃんのとこに行かせ、二人の揉め事を笑ってみていた高来さんを、三角公園で怒鳴りつけ、上村君に「南のおかゆは食べたけど上村君のパンは食べなかった」と捨て台詞を残し三角公園を去ったのだ。
上村君は「救急隊がタクシー代わりじゃないといったことは知りませんでした。すみません」と率直に謝った。陰謀家の高来さんとは、大違いや!!南は先日亡くなった上村君のお母さんに似ているんや!後で親子で仕返ししたるからな!

ふるさとの家前で反省会。伊東さんを返せ!川畑さんをパトカーが拉致未遂!

ふるさとの家で各団体がアピールし簡単に反省会。パトカーが通ったので「伊東さん返せ!」と怒鳴ると、釜ヶ崎で一番ポリ公が嫌いな川畑さんに火がついた。川畑さんはパトカーについていって抗議していたら、パトカーにひきずり込まれそうになった。松尾さんが見つけて救助。みんなに「何するねん!!」と抗議されたポリ公は逃げていった。
この夜逃げを助ける中で、支援団体も友人もみんな勉強になった。いちょうの会の仕事内容も知った。もっともっと話し合い情報について一致した見解を持っていなければならないこともわかった。役割分担も必要だと証明された。ガンバロウ!!
南。再び仕事にやっと終ったといい気分になったとたんに、仕事を思い出した。特に林さんは今日初訪問。汚れていた台所を掃除しなければ。林さんが終って元天王寺カラオケママのところが終ったのが8時ごろ。こんなことになったのもみな中山のせいだ。しかもあいつは5時で終って今頃ゆったりしてるに違いない。
報告 行動する会働き人・「働き人のいいぶん」編集委員会 南 美穂子

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by nameken9 | 2010-01-15 06:37 | Comments(0)
貧困ビジネスのヤミ金にケツの毛まで抜かれ、それじゃいけないと起ち上がった浅川さんを、年末の寒空、谷底に突き落とそうとした西成区のケースワーカーとその事実を隠そうとする西成区の福祉事務所を絶対に許さない!①前日
西成区のケースワーカー中山に言われて西成警察に被害届を出しに行って断わられる
ヤミ金藤久は、浅川さんの保護費を全額パクリ、家賃5万と生活費を3万しか渡さなかった。計算すると月大体4万2000円ぱくっている。浅川さんは、その生活を7ケ月つづけていた。だから4万2000円×7で266000円このヤミ金に返済!?した事になる。明らかに返しすぎ。そして藤久は貸金業の免許も持っていない。
 西成区のケースワーカー中山は、25日、浅川さんと釜ヶ崎医療連の松尾さんにこの事実を言われると、法テラスと西成警察署に行けといった。
 12月29日、浅川さんと松尾さん、南、高来さんで西成警察署に被害届を出しに行った。受付で松尾さんたちが、被害届を出したい旨を告げているとき、南はデジカメで写真を取った。それは主にヤミ金藤久の手下のような奴に、浅川さんや南や高来さんが襲われないためだ。〈実際12月31日、南がヘルパー訪問先のアパートを出たら藤久の手先のような男が玄関のところに立っていて、南とにらみ合いになった。南がとっさに携帯を持ったら、その男は去って行った。その男の人相は、浅川さんが言っていた藤久の手下の園田という男にそっくりだった〉この写真を「働き人のいいぶん」に載せ、警察もこの問題を知っていることを、藤久に知らせたら襲われ度は低くなる。
 南がシャッターを切った途端西成署のポリ公が「中を写したらあかんやろ!」とすごんできた。南はすかさず「上から物を言うな!!」とやり返した。頭の悪いポリ公どもは、上からという言葉に引っかかり、それ以上写したことを追求せず、「被害届は上」と言ったので、上に行った。そして上に行ったら被害届の係りのポリ公は、浅川さんだけから事情を聞きたいような態度をとったので、南がまた怒鳴ろうとすると、ポリ公が「松尾さんと淺川さんだけ中に入ってください」という。「ほんならしゃあない」と下った。南と松尾さんのコンビは行政や警察に対しては最高だ。警察も行政も松尾さんの鋭さを知らない。彼女のおっとりしたしゃべり方にごまかされて。松尾さんが着いていればじゅうぶんなのだ。それに私と高来さんはその日、オシテリアのもちつきに行かなくては成らなかったから。
もちつきから帰って、松尾さんから西成署が被害届を受けなかったことを聞いた。理由は、藤久が個人で浅川さんに金を貸している場合は、警察は動けない、つまりやみ金業としてやっている場合しか動けない、他に被害者を探して出直せ見たいな事だった。しかしこれは後でいちょうの会に行って大ウソだったと解る。やはり西成署はやくざやヤミ金の味方だ。なぜか袖の下をもらっているから!やりきれない思いが残った。

西成区のケースワーカー中山に言われて法テラスに相談、話がかみ合わず浅川さんは返しすぎた利息をあきらめるといい、南に怒鳴られる

1月5日法テラスに相談に行った。一つは弁護士と話して浅川さんの身を守るため。もう一つは、浅川さんが返しすぎている金をどうしたら取り戻せるかを聞くためだった。
 その時、弁護士が説明してくれた。ヤミ金に関する法律が二つあることを。一つは出資法ーこれは警察の管轄である。もう一つは利息制限法でこれは民事で警察は民事不介入の原則で介入しないとのこと。出資法は、ヤミ金であれば逮捕できるということ。弁護士に被害届を断わられたことを言うとあいまいな返事。「そうしたら民事で」というと裁判なんかやったら長い時間が掛かる。「その間ずっと浅川さんを守るために支援するものがへばりつけるか。無理でしょう」と言われた。また「浅川さんにその決意があるか」と聞かれた。決意があるから今日ここに来ている。それなのになんでと思っていたら30分の相談時間のうち25分までこの弁護士は、淺川さんが、決意して夜逃げしたことをわかっていなかった。私が「決意して夜逃げしたのや」と言って初めて理解した。弁護士もただでは熱心に話を聞き理解しようとしない。法テラスって何の為にあるのか。浅川さんはそんなことわからないから皆に迷惑をかけてはいけないと思い、「返しすぎた利息はもういい」と言い出した。南は切れた。「そしたらなんのために応援してきたのか!浅川さんが勝ってみんなにそれを広めて、ヤミ金に苦しんでいる人に勇気を与えるために手伝ってきた。このばかやろう!」と怒鳴った。しかしそれは、私の支援者としての思いで、浅川さんに押し付けてはいけないと思って、浅川さんに謝った。浅川さんは「夜逃げの経験を書く」といった。それで十分かもしれない。しかし絶対に腑に落ちない。
淺川さん以外の藤久の被害者が見つかる
1月11日浅川さんが藤久の被害にあっている村上という人を見つけてきた。村上さんに聞き取りをすると、藤久は同じ手口を使っていた。村上さんのキャッシュカードを受け取り、保護費を全額パクって家賃のほかに1万3000円しか渡していない。これは警察の言う複数の被害者に該当する。やった警察が動くかもしれない。ここで思わぬことが起こった。高来さんが、猛然と浅川さんに説教を始めた。村上さんが高来さんに話そうとすると「お前の話なんか聞かない」とはねつけた。私はなんでやと思いながらほっておいた。明日警察に行こう。その前に村上さんが、家賃を払う29日に九州に帰っていたので家賃を払えず、アパートが残ってないかもしれないので、ケースワーカーに相談したいといっているので区役所にもいこう。わくわくした。南が村上さんを浅川さんの返しすぎた借金を取り戻す証人と考えていることを、高来さんはわかっていなかった。また村上さんを藤久に紹介したのが、浅川さんだと知って激怒していた。私は、淺川さんに「紹介料をもらったのか」と声を荒げて聞いた。浅川さんは「もらっていない」と言った。それじゃあ何の問題もない。(実際はもらっていた。900円。それも利子から差っぴく形で。これも問題ない。どうせそれも浅川さんの金やし〉浅川さんは、20%の金利で借金していた村上さんに表向き15%の藤久というヤミ金があることを紹介しただけだ。しかし高来さんはそれが許せない。また後でわかるのだが、村上さんが嘘をついていることを見破り、「こんなおっさんを南さんに紹介するなんて」と淺川さんに怒り、その晩は眠れなかった。南と高来さんの間にグイチがでた。これが次の朝南にたくさんの災いをもたらすことになる。
朝センターで13日の西成区役所林田への申し入れ行動を情宣。南に災難が
毎週火曜日「働き人のいいぶん」を巻いている。今週は、水曜日に西成区役所の悪魔のようなケースワーカー藤久を処分するよう西成区に申し入れする呼びかけをまく。超ひどく冷酷な中山のやり方に釜の労働者から大きな反響があった。南はやる気満々、絶好調でアピールした。
 しかし毎週センターにいっしょに出てくれている日本人民委員会会長の様子がおかしい。顔が曇っている。私に「今日、高来さんに話を聞いたけど、こんなことやめたほうがいい。こんなこと運動でもなんでもない」という。耳を疑った。会長は、反貧困の全国の運動を知らないのか?労働者が貧乏に突き落とされ、あげく貧困ビジネスに捕まり、骨の髄までしゃぶられる。この問題に多くの運動家が取り組もうとしている。浅川さんはその典型的な例だ。しかも浅川さんは、純粋で子どものような人で、世界一お人よしだから、ヤミ金藤久に引っかかった。私達が取り組むのに絶好の人ではないか。
 しかし会長は「南さんの身を危うくしてまでやることじゃない」とやる気満々の私に言い続ける。もう切れた。「私は毛沢東思想を実践しようとしている共産主義者や。労働者が、私を信じて頼りヤミ金との闘いに立ち上がっているのに、止めろというのか」「それに危ない時期は終っている」と怒鳴って黙らせた。しかし会長は納得していなかった。センター帰り釜ヶ崎の団体に「働き人のいいぶん」を配る。その時に会長がまだ言っている。「高来さんが浅川さんに問題があると言っていた。」という。私は「浅川さんを信じないのか。私は信じている。30年いっしょにやってきた私より高来さんを信じるのか」と言い「高木さんの言葉を借りずに自分の言葉で言え!」と言った。会長は「身の危険のあるこの運動を今の人民委員会のレベルではできない」と言った。南は「そしたら人民委員会をやめる」と言った。そして配達についてこようとする会長に「やくざが恐いならついてくるな!帰れ!」と叫んだ。まだ帰らない「私は人民委員会をやめた。帰りさらせ!!」と何回も怒鳴った。会長は帰っていった。私はこの問題を取り組む時に、人民委員会にもやくざからの暴力が掛かることを考えていなかった。この際人民委員会をやめていたほうがいい。しかし会長にわかってもらえないことは、悔しかった。高来さんはいったい会長に何を言ったのか!
南、高来さんを怒鳴りつける!
高来さんは会長に何を言ったのか!高来さんを三角公園近くで見つけたので「高来さん来てや!」と三角公園に呼んだ。聞いてみると高来さんは、「浅川さんが村上さんを藤久に紹介したことがショックだった。許せなかった。浅川さんはもう一人紹介したと言っていた。それにあの村上さんは明らかに嘘をついている。これから何が出てくるか不安で夜眠れなかった。だから会長にちゃんと話しておいた方がいいと思って話した」という。南は「高来さんが間違っているのは、高来さんほど会長はやくざに対して根性が座っていないことをしらなかったこと」「それに淺川さんが紹介したことを裏切られたと思うのは、浅川さんの古くからの友人としての高来さんでしょ。今はヤミ金に勝つための同志ですよ。私も村上という昨日あったばかりの人を信じているわけではありません。でも藤久の関係で村上さんは嘘をついていない。キャッシュカードを藤久に握られている。ショックをうけ、その不安を会長にぶつける形で話しても不安を煽るだけでしょ。それは間違っています。それになんで私に先に言わないの」と批判した。高来さんは「会長だから」と小さくなっている。南は「そのおかげで人民委員会やめました」と言った。高来さんは、純粋すぎる。もっともっと話して共通の認識を持っておかなくてはならなかった。
午前中村上さんに振り回される。これも「複数の被害者がいる」とうそをついた西成署のせい又警察に行けと言ったケースワーカー中山のせい
西成警察署の被害届を受けなかったポリ公は「複数の被害者がない限り、藤久が業としてやみ金をやっていたことが証明されないので捜査できない」と嘘をついた。しかし後でいちょうの会に行くまでそれが嘘だとわからなかった。それで重要な証人である村上さんに警察に言って話してもらうため、村上さんがアパートが残っているかケースワーカーに相談したいというので松尾さんに火曜日で休みなのに来てもらい、南も仕事を緊急に休み西成区役所に、浅川さん、村上さん松尾さん、南で行った。結果は、村上さんは超多重債務者で、アパートのオーナーや住人からも金を借りていて、オーナーは「もう帰ってほしくない」ということだった。村上さんが今後保護費をもらう可能性があるとしたら救急で入院するしかない。入院していれば村上さんの生活が安定し、警察の事情徴収にも応じられる。雨のふる中、救急車を呼んで入院させた。松尾さんが着いていった。よくやると思う。私は村上さんのような人は絶対応援しない。私に嘘をついたから。また自分は起ち上がろうとせず、結果として福祉や支援団体に甘えるから。私は毛沢東思想を実践しようとしているので内因のないものにはいくら支援などの外因があってもクソの役にも立たないと思っているから。しかし松尾さんを初め多くの野宿者や釜ヶ崎労働者の善良な支援者たちは、村上さんのようなタイプの人も応援する。「野宿者のそのままを受け止める」と言って振り回される。そして疲れている。松尾さんのような能力のある本当の支援者には、浅川さんのように立ち上がろうとしている人を応援してほしい。
雨にぬれたので家に帰って着替えしていたら、夫のインバが私が躁病になったと本気で心配して「病院にいこう」という。あんたも会長と一緒か!20年以上もいっしょに暮らしているのに。南は烈火のごとく怒った。南が起ち上がって夜逃げした浅川さんといっしょに、ヤミ金と闘い今西成署を相手に正念場を向かえているのに、何も解ってない。「私の足を心配という名で引っ張るならもうこの家には帰らない。一番わかってほしいあんたが病気だなんて失礼やねん!!」と言って家を出た。人民委員会の事務所にももう泊まれない。家にも帰れない。私は今日どこに泊まったらいいのでしょう。
中山に指導されなかったいちょうの会に行くこの日、浅川さんと松尾さんと南でいちょうの会に行くことを決め、午後5時に予約していた。村上さんという証人が出てきたので警察に捜査してもらえる。しかし相手は超悪名高い西成署。やり方を相談しよう思ったからだ。
5時だが、3人は待ち合わせの場所に4時半くらいに集った。いちょうの会の事務所に行った。相談者が2,3人いた。ヤミ金撲滅マニュアルという冊子があったので手に取った。事務員があわてて「500円です」と飛んでくる。「うるさいナンボでも払ったる。」千円を投げつけた。ここも役所といっしょなのか。多重債務者が冊子をぱくると思っているのか。
 その暗澹たる気持ちは、田中元局長と話して吹き飛んだ。元局長は、まず「会員になってください」と言った。私が「会費はいくらですか」と聞いた。「8千円です」と言った。驚く松尾さんを尻目に私は1万円を机に置いた。会費を取るのは当然だ。多重債務者を甘えさせないためだ。松尾さんのように会費も払わないわがままだけの人に貧困だからといて付き合っているのは、釜ヶ崎だけのルールであり、あまりいいルールではない。
 田中元局長は私達の本気度をわかってくれた。そして相談カードを浅川さんに書くように言った。私が警察のことを相談しようとしても口を挟ませなかった。頭にきたが、田中もと局長はプロ。局長が説明してくれるのを待っていた。
局長には、私が浅川さんに2時間に渡って聞いた浅川さんの神戸製鋼をやめてからの人生と借金の状況、藤久のキャッシュカードを奪って全額パクるやり口などをまとめたものを渡していた。局長は浅川さんがカードを書いている間にそれを読み出した。局長の目が輝きだした。浅川さんの件はいちょうの会が取り組むべきと判断しただろうと私は感じた。やったと思った。
ヤミ金は個人でも109、5%の高金利なら犯罪。お金を返さなくていいし、ヤミ金は10年以下の懲役、又は3000万円」以下の罰金又は両方とも。
元局長は、ヤミ金撲滅マニュアルに沿って丁寧に淺川さんに説明し始めた。ヤミ金撲滅マニュアルには、ヤミ金の問題は出資法一本でやる。と書いている。ヤミ金とは何か。貸し金業の登録を受けないで、金貸しをしている人だ。個人なら109、5%以上の高金利、業としての貸付なら29,9%以上の高金利ならヤミ金で出資法違反となり、10年以下の懲役、または3000万円以下の罰金、または併科に課せられる。また2008年6月10日最高裁は、「ヤミ金から借りたお金は一切返す必要がない」という画期的な判決を下している。
 要するに個人でも109,5%以上の高金利なら、浅川さんは返したお金を全額返してもらえる。そして藤久を豚箱にぶち込める。ということだ。南と高来さんがやくざに付けねらわれながら、めざしていたことだ。
さっそく浅川さんの金利を計算。浅川さんは月に42000円パクられている。年にすると50万4000円。借りた金が11万5000円だからそれで割ると年率が出てくる。504000÷115000=4,382つまり浅川さんは438%の高金利をそれも7ケ月も払っていた。とんでもないお人よしだ。
田中元局長は「お金を返してもらいましょう。やくざは逮捕されるとなったらビビッて金を返しますよ」と笑っていた。力強かった。相談の時間切れになって明日又来るよういわれた。
田中元局長は、いちょうの会はヤミ金と直接対決することも教えてくれた。私も是非同行したい。そして釜ヶ崎医療連にパンフをおいてほしいと松尾さんに10部くらい渡した。またいちょうの会も野宿者ネットワークといっしょに釜ヶ崎周辺の夜回りをしていることも教えてくれた。私たちをいっしょに藤久と闘う人間と認めてくれた。あの聞き取りのおかげだ。何よりも浅川さんが何の曇りもない、超お人よしである故だけに藤久にひかかった他に借金もない、いちょうの会が一番応援したい人だからだやった完全勝利!松尾さんと浅川さんと南は小躍りしたいぐらいだった。それと同時に西成区のケースワーカー中山に言われて、法テラスに行ったり何も準備なしで警察に言った時間がいかにむだで疲れるだけだったかを知った。中山はなぜいちょうの会を紹介しないのか!?中山は私達に指導の名の元に無駄足を踏ませ、自分は良くやっていると思っているのだ。西成区に出す申し入れ書に窓口にいちょうの会のパンフを置くようにという項を付け足した。


浅川さんと中之島でへたり込んで乾杯
松尾さんと別れ万歳三唱しながら、中之島の公園にへたり込んでしまった。今日はいろんなことがありすぎて、疲れた。浅川さんに「立ち上がって本に良かったね」というと「明日から仕事に行く。早く帰ろう」という。うれしい!人生前向きになっている。松尾さんにお礼する為に堂島ロールを買って帰った。なぜなら松尾さんは女の子だから。お礼をするにはやはり甘いものがいい。

だれにも「ようやった」といわれない寂しさ。でも私には馬さんと毛沢東がいる
それから西成に帰って高来さんに報告した私は、それまでこのこと知っているみんなに報告して喜んでもらっていた。しかしなにか物足らない。うえから「南ようやった」と誰かに言ってほしかった。ここは親分高来さんしかいない。しかし高来さんは私と人民委員会の間を取り持とうとして、「ようやった。と言っててくださいよ。」という私に「ようやったけど、そんなにいらいらしなさんな。」という。高来さんに」期待したのがいけなかった。何が親分や。その日インバに何か言われるのはいやなので、近所の銭湯で2時間くらい過ごして、結局家に帰った。娘の茜がいた。いつも夫婦喧嘩の中に立って気をもんでいる。めちゃめちゃいい奴だ。インバは寝ておらず、どこからか帰ってきた。緊張した。そうしたら急に態度が変わっている。完全勝利したのを聞いたからだ。しかし勝ってから解るのであれば、それは後衛思想で、運動の前衛を志すものとしてはダメでしょう。茜に「私よりがんばっていて、ようやったと言ってくれる人は誰もいない」というと「それはいないでしょう」といった。南は考えた。なぜ「ようやった」といってほしいのか。今は亡き馬さんがいつも言ってくれていたからだ。私に毛沢東思想を教えてくれた馬さんは、がんばり成果をあげれば「ようやった」と絶賛してくれ、間違っていればこてんぱんに批判してくれた。活動していて一番うまく言ったと思うときも、一番失敗したと思うときも馬さんに真っ先に言いたかった。今回もがんばりすぎて孤立したら「うまさん守ってな!」と自転車をこぎながら何回も泣いた。次の朝、馬さんの遺影に報告した。うまさんは笑っているように見えた。後ろの壁の毛沢東もだ。南もみんなに「ようやった」とか「それは、間違っている」とか本気で言い、起ち上がろうとする人を励まし、人民に奉仕できる人間になれるのか。もう52歳。余り時間はない。

行動する会働き人 南美穂子

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by nameken9 | 2010-01-14 08:36 | Comments(1)
申し入れ事項
1、まず西成区の福祉事務所の責任者である林田さんは、上の事実経過を真剣に読め。
2、読んだら普通の人間なら、辞職するだろう。しかしあつかましい林田さんは、事実を捻じ曲げてきたりするに決まっているので時間がもったいない。今回は浅川さんにみんなの前で謝罪しろ。
3、何回も浅川さんの話を聞きながら、緊急ということで夜逃げした人が色んな支援団体の手を煩わせて見つけてきた部屋について「風呂がない」という理由だけで却下した担当責任者の中山およびこの決定に携わった職員を処分しろ。できないなら大阪市の健康福祉局にこの話しを持っていく。
4、憲法25条を現場の最前線で実施するケースワーカーとして、西成区に横行する貧困ビジネスの被害を行政としてどう防いでいくか、林田は文書で回答しろ。これもできないなら大阪市の健康福祉局に話を持ってい
く。
5、いちょうの会のパンフレットを区役所の窓口に置け!
以上 要求する。
このことで1月13日の水曜日4時から区役所に申し入れにいく。
逃げたり、警察を呼んだりするのは勝手だが、そのことは、ビラやブログで全国の憲法25条を大切に思っている人に報告する。

2010年1月13日
ふるさとの家
釜ヶ崎医療連絡会議
行動する会働き人
野宿者ネットワーク
長居公園仲間の会
中崎町ドキュメンタリースペース
笹島日雇い労働組合
全日建連帯労組関西生コン支部
西成公園よろず相談所
「働き人のいいぶん」編集委員会
なめるな国民を!守ろう憲法!憲法を守る意思表示の会
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        06-6653-8283 南まで

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by nameken9 | 2010-01-13 06:54 | Comments(0)
憲法25条はどこへ行った!?
夜逃げした人に「もとの部屋に帰れ」といったケースワーカーを処分しろ!
西成区福祉事務所責任者林田への申し入れ行動に参加しよう!

 
昨年の12月28日、西成区役所の昨年の最終日3時ごろ、西成区の三階つまりケースワーカーのいる階で、信じられないことが起こった。
 浅川さんは、貧困ビジネスまがいのチンピラに、借金のかたにキャッシュカードをとられ、全額取り上げられ、その中から家賃と3万しか渡してもらえなかった。生活は苦しく、色んな事件に遭遇した浅川さんは、借金のことを担当のケースワーカー中山に相談していた。中山は、その時は優しく「浅川さんは謝金を返しすぎ。ちゃんと借金の状況をまとめよ。」とか「法テラスの弁護士に相談しろ」とか「ヤミ金なんだから警察に被害届を出せ」と指導した。なかなか「立派」な指導だ。
 浅川さんは「ケースワーカーが言うことなら確か。借金地獄からのがれよう」と決心し、12月20日に借金のことをまとめて、3部コピーし、一部は貧困ビジネスのチンピラ藤久に、一部は中山に渡した。21日に早速チンピラが家に来た。浅川さんが「もう借金は返し終わっている。返せない」と告げるとチンピラは「これはこれだが、月末におまえが金がなくなってチョチョコ貸しした金が7万ある」と居直った。
 このチンピラには仲間がいる。身の危険を感じた浅川さんは、24日11時から25日5時にかけて、住んでいた花園マンションから日本人民委員会の事務所に荷物を運び夜逃げした。そして25日釜ヶ崎医療連の松尾さんとともに、中山に会い自分で金を出す条件で、引越しの許可を得にいった。中山はその時もさかんに「花園マンションに帰れ」と常識はずれなことを言っていたが、松尾さんの粘り強い交渉で、28日までに部屋を決め、「大家の重要事項証明書〈どんな部屋か説明した書類〉を出せ」と言ってきた。26日27日は土日なので、あわてた浅川さんは、ふるさとの家に相談した。ふるさとの家はことが緊急を要するので、不動産屋に掛け合って千本の部屋を探してくれた。なぜなら中山がもとのマンションから離れていることを条件にしたからだ。
 28日役所の最終日、もう部屋は決まったものと思って浅川さんは南と午後3時前に中山と面接して重要事項説明書を見せた。中山は「ふろがない。からだめ」といった。浅川さんも南も」谷底に突き落とされた感じだった。南が「今から新たな部屋を探すのか。もう2時間しかないやろ!!」「明日役所を開けるのか!」と声を荒げると上に聞きにいった。帰ってきて「決定を言います。この部屋は許可できない」権力を傘に来たつめた言い方だった。
 南が切れ「ほんならどうすんねん!」というと「探せないなら元の部屋に帰れ」とほざいた。もう許せない南は「このバカ女、夜逃げの意味もわからんのか!身が危険やから逃げるのが夜逃げや!」「それとも西成の福祉事務所はチンピラ貧困ビジネスの藤久の味方か!」「夜逃げの意味もわからない常識はずれのケースワーカーにやる給料はない。この税金泥棒!!」と叫びまくった。3階のほとんどのケースワーカーが集り「出て行け」と脅してきても負けるわけには行かない。年内に引越しできないと、淺川さんは精神的に限界だった。
 南の大暴れに驚いた中山は、「医療連の松尾さんを呼べ」というので携帯で呼んだ。中山は、松尾さんが来ると急に猫なで声になったがり、松尾さんが提示した釜の中の風呂のある部屋を今度は「花園マンションに近い」と言い出した。年内に決めたい南が「私が浅川さんを守る。あんたらに責任をかぶせない」とタンカをきった。責任のがれの大好きな中山は、即OKした。なぜなら南の大暴れに付き合って、仕事終わりの日に残業なんかしたくないからだ。
 こんなケースワーカーをゆるしていいのか!中山に家賃を払ってもらうわけではない。浅川さんの状態を考えれば、まず年内に部屋を決めてやるのが税金で飯を食っているケースワーカーとして普通の行動だろう。しかし中山はよっぽど常識はずれか、はたまた貧困ビジネスのチンピラから金をもらっているのか浅川さんをはねつけ続けた。どん底に突き落とそうとした。許せない。西成福祉事務所に抗議します!参加してください!
●集合日時 1月13日(水) 3時 「ふるさとの家」前
※西成区役所に行ってビラをまいてから申し入れます!がんばろう!


西成区福祉事務所 林田殿
事実経過 
浅川さんが藤久に借金したわけ
浅川さんは、2004年に加古川から釜ヶ崎に来た。藤沢という男が、飯や酒をおごってくれたので信じたら、藤沢は浅川さんの名前で借金した。そして同時に釜ヶ崎医療連絡会議に淺川さんを連れて相談にいき花園マンションで生活保護を取らせた。浅川さんは生活保護費の中からトイチの借金を返す羽目になった。そして藤沢は、浅川さんの部屋に出入りして他の面でも浅川さんから絞っていた。浅川さんは、今年4月に30年前に知り合いさった藤久に再会した。藤久は羽振りがよく、人に金を貸していた。淺川さんは、2004年からの借金を返すのに溝口から〈ダイチュウ釜ヶ崎労働者だったら誰でも知っているやみ金融。警察はなぜ取り締まらないのか?〉に月12%の利子で借金をし、当時返していた。藤久はそれを肩代わりしてくれた。月15%の利子で、月2500円返すという条件で。そして言葉巧みにキャッシュカードを取り上げた。
藤久のやり口
すると浅川さんの保護費が出る未明、藤久は淺川さんの保護費を全額おろしてしまう。印鑑と通帳で下ろさなければならない浅川さんは、自分の保護費を全額藤久に握られた。そして家賃として5万円、生活費として3万円をもらって生活していた。いつも生活に困り三角公園の炊き出しの野菜を今回主に精神的に相談に乗った友人の高来さんから内緒でもらったりしていた。浅川さんは11月の末ノックアウト強盗にあったり、部屋のお金が盗まれて「死にたいと」もらすようになった。
2009年12月9日高来さんと出会い南が紹介してふるさとの家に相談
浅川さんが「死にたい」ともらしているとき、高来さんが結核病院、藤田記念病院をへて退院し、浅川さんと再会した。3年前とかわらず借金に苦しめられ「死にたい」ともらしたので驚き、住民票闘争でいっしょに闘った日本人民委員会の南に紹介した。南は、生活保護の人の相談ならふるさとの家がいいと思い、ふるさとの家を紹介した。ふるさとの家の森安さんは、計三回くらい相談を受け励ました。

12月18日保護費を銀行振り込みから窓口受給に切り替える
この間淺川さんはノックアウト強盗やお金を盗まれて隣の人を疑い「指をつめろ」と言われたことを中山氏に相談、解決している。
森安さんや高来さんの強い勧めで保護費の受給を銀行振り込みから窓口受給に切り替えるためケースワーカー中山氏に相談。その時中山氏は切り替えてくれ「もう1日おそかったら切り替えられなかった」と言った。と浅川さんは言っている。そして浅川さんが11万5000円借りているだけなのに帳面上でも既に175000円も藤久に返済していることを中山氏に告げた。中山氏は「それは返しすぎだから、借金のことについてまとめ、返済できないことを相手に言うべき」と相手がチンピラなのに直接対決するよう指導した
2009年12月20日
浅川さんは西成区のケースワーカー中山氏に面接した。その際、浅川さんは中山氏の指示に従って書いた藤久に借りている借金の状況と返せないという意志を書いた三枚の紙を、中山に氏見せた。そして区役所で3部コピーしてくれるように頼み、コピーし、一部を中山に渡した。そしてもう一部を、園田という人〈中山の手下みたいなやつ〉を通じて藤久に渡した。(なぜキャッシュカードを藤久に奪われている事を言わなかったのか。浅川さんを頭から馬鹿にしている中山氏に事実を話しても信じてもらえないと思ったからだ。 南)

2009年12月21日
 
藤久が浅川さんの住む花園マンションに来た。淺川さんは「こんなん普通の話やで。納得してくれるか」と藤久に聞いた。藤久は「これはこれやけど」と言って、浅川さんが生活費がなくなって困った時に貸したという借金のことを書いた小さい紙を渡した。これは3万しか生活費をもらっていない浅川さんがお金がなくなったとき千円単位で藤久に借りていた〈本当は自分お金だが〉金が7万6000円残っているとのことだった。そして「24日昼に話ししようや」と言ってきた。

2009年12月23日

三角公園にいたとき、園田と藤久に会ったが何も言わなかった。(まわりに人がいた)

2009年12月24日
24日午後、藤久は現れなかった。
夕方、浅川さんは、長年浅川さんと友人で今回の事の相談にのっていた高来さんとともに人民委員会の事務所に来た。南は、三枚の紙〈西成区役所でコピーした〉を見せられ、「この人は長い借金生活で負け犬になっていた人生から立ち直ろうとしている」と感動し「よく決意を固められましたね。浅川さんが決心したら後は、花園マンションから引越しして、支援団体や役所などの公的機関に入ってもらい、弁護士などの法律の専門家から藤久に浅川さんから利息を取りすぎたことを一冊入れてもらえば、勝ちます。協力します。絶対勝ちましょう!」と言った。高来さんも「あんな部屋は、出たほうがいい。ゴキブリまみれで死にたくなって当然」と励ました。3人で藤久との対決を約束した。


2009年12月24日午後11時から25日5時
浅川さんは、南や高来さんに告げず、花園マンションから自転車で数回日本人民委員会の事務所を往復してに自分の荷物を運び、夜逃げした。
2009年12月25日午前7時ごろ 
浅川さん、相談に長年乗っていた高来さん、日本人民委員会南が高来さんの家で7時に集合することを決めていた。一人で夜逃げしていた為に遅れてきた浅川さんを探しに南が高来さんのアパートを出たとき、少し離れたタバコ屋の前に高来さんのアパートを見張るように男が立っていた。7時30分ごろ浅川さんは高来さんの部屋に来た。
2009年12月25日午前9時
釜ヶ崎医療連絡会議があくのを待って、相談と浅川さんの身の保護の為、南と浅川さんで相談に行った。医療連の松尾さんが対応してくれ「保護費の支給日だが、ことが重大なので午後からケースワーカーに事情を話した方がいい」とアドバイス。いっしょにケースワーカーにあってくれることになった。午後まで浅川さんは医療連で待機した。
2009年12月25日の午後1時
浅川さんと松尾さんが、ケースワーカーの中山氏と面接。ここに南はいないのでその日に松尾さんから頂いたメールを紹介します。
「前略 福祉は浅川さんに花園マンションに帰ることばかりすすめていましたが、おカネの追加支給なしなら、引越しを認めるということです。
敷金なしで、フロつき、場所はあいりんから離れたところ、南津守とか、千本とか、玉出とかにしてほしいと言うてました。重要事項説明書を月曜2に持ってきてほしいそうです。見つかりそうですか?」(なぜ月曜なのかその日が役所の今年の最終日だから、役所の都合だ。 南)又その時中山氏は借金のことは弁護士や警察にも被害を届けるよう指導したという。〈この時点で中山氏は浅川さんの身の危険を感じていたからヤミ金法に関係する警察や貸金業の上限金利に詳しい弁護士に相談するよう求めたのではないか!-南の意見〉この時点で松尾さんは、浅川さんのキャッシュカードを藤久が握っている。相手はチンピラだから恐いと中山氏に告げている。中山は、浅川さんの身が危ないことを聞いていたわけだ。

2009年12月26日
大家が書く重要事項説明書を月曜日までに中山氏にもっていく為には、土日で引っ越す部屋を探さなければならない。あわててふるさとの家に相談。ふるさとの家の森安さんや吉岡まあこさんも「ことは緊急を要する」ということで、自分達の知り合いの周旋屋を当たってくれ、千本の風呂のないアパートを見つけた。浅川さんも「この際どんな部屋でももとの花園マンションに」かえるよりまし」とこの部屋に決め、大家に重要事項説明書を」書いてもらった。

2009年12月27日
この日や25日の夜、26日の夜は浅川さんは、安全の為日本人民委員会で寝泊りし、食事もした。夜の人民食堂の営業以外の食事は、南が用意した。精神的には高来さんが話し相手になり支えた。明日アパートが決まると浅川さんは嬉しそうで、南や高来さんもうれしかった。
2009年12月28日午後3時前
担当ケースワーカーの中山氏はもともと浅川さんが借金からのがれる為に、口先だけでは、借金の状況をまとめろとか法テラスに行って相談しろとか、警察に被害届を出せとか行っていた。だから浅川さんの借金の内政新しい生活を応援するものとばかり思っていた。だからもうアパートは決まったも同然と思っていたので、南の仕事の終るのを待って、大家との契約書と重要事項説明書を持ってケースワーカーの中山氏に面接。中山氏は重要事項説明書を見るなり、「風呂がない。この部屋では許可が難しい」という。南は「えっ何で」と一瞬耳を疑ったがわれに帰り「そうしたらどうするのか」「明日から区役所は休みでしょ。これから探せないじゃないですか」と声を荒げた。中山氏は驚いて上司に聞くといって上司に聞きに行き「決定をいいます。この部屋は風呂がないのでダメです」と残酷にいった。南は完全に切れた。「そうしたら明日役所あけるのか!これから5時までどうやって新しいアパートをさがすのか!」切れなくては淺川さんは、年明けまで藤久の目を気にしながら、人民委員会の事務所で気を使い半分缶詰状態ですごさなければならない。年末の忙しい時浅川さんを支えた高来さんも疲労の限界であった。すると中山しは「それなら元の花園マンションに帰ってください」と平気な顔をしていった。役所の権力を後ろに背負って。
南は完全に最高潮に切れた。何に切れたかは、普通の人にはわかると思いますが、西成区の福祉事務所の職員は、夜逃げした人がどこかに身を隠し宙ぶらりんのまま荷物や生活をどのようにしているか全然想像できないほど頭が悪いか、夜逃げというものを知らない常識はずれか、意識してか知らずか貧困ビジネスの手先になっていると中山氏との話でわかりましたので、あえて言います。
「チンピラ貧困ビジネスから身の危険を感じ、夜逃げした人に、危険のあるもとの部屋に帰れとはどういうことか!」ということです。「もとの部屋に帰って貧困ビジネスのチンピラの暴力の餌食か、又甘い口でもう一度借金地獄にひきこまれろ」ということなのかです。
 南が最高潮に切れたら、区役所3階ににいたケースワーカーがほとんど全員相談室に来た。そして南に「お前は誰や」〈知らないなら総務課にいって穐山に聞いて来い!〉とか「出て行け」というので、「お前というお前は誰だ」と問い返すと「さんし」というケースワーカーだった。南は「私は出ていかない」「浅川さんの命がかかっとんや!」「文句があるなら警察呼んだらいいやん」「はよ。よばんかい!」「この中山のバカ。それとも藤久に金もらっとるのか!」「なんぼもうたんや」と叫び続けた。
するともうこれは、はらわたが煮えたぎることだが、中山が「浅川さん大丈夫」みたいなことを言って南と浅川さんの間に亀裂を作ろうとした。そんなことをしても無駄だ。私と浅川さんは、24日から固い絆で結ばれているのだ。「中山は夜逃げした人にもとの部屋に帰れというバカ丸出しのクセに、役所の使う手練手管だけは知っている」と感じた南は「何のためのケースワーカや」「この税金泥棒、税金返せ!」とずっと中山に抗議し続けた。中山は泣きそうになっていた。しかし自分が担当している人を谷底に突き落とすことをしたんだから、南にすこしくらいどなられたからってなんや!
苦しまぎれに中山は、「引越しのことは、医療連の松尾さんと話してきたのであって、あなたじゃない」と言い出した。今度は、私と松尾さんを離反させるつもりだ。「中山、浅知恵はいい加減にしろ!」ということで「そしたら松尾さんをよんだるわ」とその場で携帯電話で松尾さんを呼んだ。松尾さんが駆けつけてくれてた。松尾さんは、医療連の近くの部屋を探してきてくれた。中山と横に付き添ったさんしは松尾さんには人が違ったように対応していたが、と中山は「花園マンションにちかい」とまだ言っている。本当に藤久の回しもんではないのか。南は、「浅川さんは、私が守る。責任を取る」と言った。守れることは、今までの南のあばれぶりで証明されているし、何せ南が責任を取るのであって役所は責任をのがれられると考えた中山とさんしは花園マンションに近い今浅川さんが住んでいる部屋をやっと許可した。このやりとりの中で中山のとなりにいたサンシは浅川さんに「銭湯にいけるのやったら千本のアパートでもいいで」みたいなことを言っていた。なぜか?これ以上長引かせて、南が大暴れし、自分達の仕事納めが遅くなるのがいやだから。仕事納めの日に残業なんかしたくないから。ふざけるな!「風呂がないから許可できない。」と中山やその上司が言ったことからこの大騒ぎが始まったのではないのか。西成区民を馬鹿にするのもいい加減にしろ!
 部屋が決まり浅川さんは、家主と契約。南と高来さんはふるさとの家の森安さんの車で日本人民委員会の浅川さんの荷物と、花園マンションに残していた冷蔵庫を運び、今の部屋に納めた。森安さんは用事があるので帰ったが、南と高来さんと浅川さんで、浅川さんの新しい部屋で浅川さんの借金のない生活の新しい出発に乾杯した。三人ともへとへとで特に南からの知らせで役所に駆けつけ、引越しの重い荷物を持った病院通いをしている高来さんは、歩けなかった。中山がケースワーカーとして最低限の道徳を持っておれば、この疲労はなかっただろう。

2009年12月29日中山氏の指導どおり西成警察署に相談29日西成警察署に祖被害届を出しに行く。窓口で証拠写真も取る。警察は藤久が個人ではなくやみ金業者としてやっていたなら、捜査すると約束(それならダイチュウはどうどうと看板掲げてやみ金をしているのになぜ西成署は取り締まらないのか?ヤミ金からお金をもらっているからー南の意見) 
30日南が変な恐い男と遭遇
ヘルパーをしている南が30日夕方介護の訪問先から出てきたとき、いかにもやくざ風な怪しい男が、マンションの暗がりの中に立っていた。にらみ合いになった。南はあわてて携帯電話を持った。男は去っていった。このおとこが藤久の手先で、南の特徴のある自転車の後をつけ、淺川さんの部屋を調べる為にあの場にいたと想像力のある南は思うので付け加えておく。
 2010年1月5日早朝中山氏のひどい対応を南釜ヶ崎のセンターでビラまき
中山氏の悪魔のような対応を釜ヶ崎のみんなに知らせるために、南は釜ヶ崎センターで5時から6時半まで毎週火曜日に発行されている「働き人のいいぶん」に掲載しまき、アピールもして多くの釜ヶ崎労働者の共感を得た。「いつでも区役所にいっしょに文句を言いに行ったるわ」と言ってくれる人もたくさんいた。また憲法に関わることなので「憲法25条はどこに行った」と題しなめ憲ブログ(なめ憲ででます)にも掲載した。当時事実関係が少し句違う箇所があるので8日現在で訂正している。このブログは、1日200人くらい訪問する時もある、結構人気ブログである。
 2010年1月5日の区役所職員の働く時間中山氏が浅川さんを引越し確認のために訪問。南と浅川さんを離反させようとする動きをする
 2010年1月5日昼、中山氏は引越し確認をしに、浅川さんの部屋に来た。そのとき浅川さんに「何で私が南さんにぼろかすに言われているのに、かばってくれなかったのか」という恥知らずな言葉を言う。(目的はもみ消しと南と浅川さんの離反だろう。中山はそんなに浅川さんに好かれていると思っているのか!のぼせ上がるのもいい加減にしろ!南)

2010年1月7日中山氏の指導で法テラスの弁護士に相談
法テラスの三浦直樹弁護士に相談すると浅川さんは借金は一銭たりとも返さなくていい。その意志を示すだけ。キャッシカードをとめたらそれが意思表示。「浅川さんは夜逃げを良くがんばった。」「南はNPOでもないのに変な人に付けねらわれながら良くがんばった」と言っていた。
1月8日瑞穂銀行のキャッシュカードをとめる

1月9日浅川さん就職決まる釜ヶ崎労働者を愛し、美人で、しかも1泊から宿泊証明書を書いてくれるドヤパールのお上、田辺さんから南に求人依頼。清掃員2人、いますよ。まず浅川さん。そして優秀なのに義理のお父さんに自分の名前で借金され、苦しんだけど負けない今南いちおしの青年が。彼は聖天山子供早起き会出身!子供会がんばってきてよかったと思えるかっこいい男です。ということで浅川さんは13日から出勤することに

1月12日中山の指導しない銀杏の会に相談田中元局長が対応。藤久のように個人?で人に金を貸しても年率109。5%を超える高金利〈出資法5条2項)なら犯罪。そして藤久のように貸金業法による登録を受けないで貸し金業を営む行為は、10年以下の懲役もしくは3000万円以下の罰金、または併科に書せられることも知る。「ヤミ金撲滅マニュアル」〈全国ヤミ金融対策会議発行 500円〉藤久は、犯罪者西成署は「業として貸し金を営んでいることを証明しなければいけない」と言っていたが、嘘だった。(やっぱり金をもらっていると思う。-南

完全勝利!浅川さんと釜ヶ崎夜逃げ本舗は大喜びいちょうの会田中元局長の力強い説明に浅川さん、南、釜ヶ崎医療連の松尾さんは抱きあって喜んだ。松尾さんありがとう!ときどきどなってごめん。松尾さんと別れて中之島のところに座り込んで浅川さんは酒を飲み南はほっとゆずをのんだ。その時ふるさとの家のマアコさんから電話があった。報告すると本当に喜んでくれた。ふるさとの家にも世話になった。家で寝ている親分の高来さんにも報告。


文責 行動する会働き人 南美穂子
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by nameken9 | 2010-01-13 05:31 | Comments(0)